京都 宮津に旧海軍遺構 若狭湾一望、米機を監視

2016年02月07日

京都 宮津に旧海軍遺構 若狭湾一望、米機を監視

京都   宮津に旧海軍遺構 若狭湾一望、米機を監視

戦時中、米軍機を監視するため旧日本海軍が建設した「特設見張り所」の遺構がこのほど、京都府宮津市の上世屋地区で確認された。舞鶴鎮守府の防衛を担った施設とみられ、関係者は「当時の防空体制を解明する手がかりになる貴重な発見」と話す。

 施設は戦後、放置されて木々に覆われ、地元住民の記憶からも薄れていったという。昨夏、林業事業者が山林伐採を行った際に見つけた。

 遺構は高さ約3メートルのコンクリート製の建造物。屋上からは若狭湾が一望できる。屋上には八角形の台座もあり、敵機を照らす探照灯(サーチライト)などがあったとみられる。コンクリート製の兵舎跡や貯水槽なども見つかった。

 「舞鶴海軍警備隊戦時日誌」によると、舞鶴鎮守府管内には、1943年9月末で経ケ岬や越前岬(福井県)、弾崎(新潟県)など7カ所の特設見張り台があった。その一つに「上世屋」の地名も記され、45年4月当時は23人の軍人が駐在していたと記録されている。

 近くに住む小川達雄さん(86)は「戦争中、強力な光が世屋から出ていて、舞鶴の港が赤く照らされていた記憶がある」と当時の様子を振り返る。

 現地調査を行った「戦争遺跡に平和を学ぶ京都の会」の福林徹代表(68)は「戦後70年たって戦争遺構が見つかるのはとても珍しく感慨深い」と話す。

 地元で活動する宮津世屋エコツーリズムガイドの会の安田潤会長(66)は「今後も調査や資料作りを進め、戦争を知らない世代に語り継ぎたい」と話している。



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