京都・大原へ移転した「出世稲荷神社」で節分祭 節分の厄除け「ひいら木」授与も

大原・三千院のそばに移転した「出世稲荷神社」(京都市左京区大原来迎院町、TEL 075-744-4070)で2月3日、節分祭が行われた。

  節分の厄除け「ひいら木」

  400年以上の歴史を持つ同神社は、豊臣秀吉が築いた聚楽第(じゅらくだい)の邸内に、天正15(1587)年に勧請(かんじょう)して設けた稲荷神社が始まり。その翌年後陽明天皇が、立身出世を果たした秀吉にちなみ、「出世稲荷」の号を授けたという。1595年、聚楽第が取り壊された際に千本竹屋町に遷座した。江戸時代には、庶民が寄進した300本以上の鳥居が立ち並んでいたという。

  新たな地、千本通は西陣の歓楽街として映画館も多く立ち並ぶエリアで、「日本映画の父」としても知られる映画監督の牧野省三と尾上松之助の名で同神社に鳥居が寄進している。

  2012年には社殿の老朽化に伴い、同神社は大原の地に移転した。さい銭やお守り、敷地の一部に設けた駐車場からの収入だけでは修復費用の工面が難しく、境内が生活道路としても使われていたことから、「何か事故があってからではいけない」と祖父の代から宮司を勤める山内堅五さんが移転を決めたという。

  現在地は、面積や景観などから選ばれたが、すぐ側の三千院門跡の『客殿』は聚楽第の取り壊しで出た材料で作られた建物だったり、天井画の雲龍図を描いた堂本印象は、建物が旅館として使用していた時期に滞在しており、山からの景色が好きだったりと、縁があったことを移転後になって知ったという。「この地に導かれたかのような気がしている」と山内さん。「ようやく鳥居や末社も設けられて、昔ほどではないが、全国から参拝にお越しいただけるようになった。これからは大原の地で、皆さんの出世をお助けしたい。大原の活性化にも役立てるようになれたら」と決意を語る。

  節分祭では、「鬼は外、福は内」と参道に豆をまいて清め、参拝客も後に続いたほか、御福銭や福豆の授与が行われた。ヒイラギの枝に「出世鈴」が付いた節分の厄除け縁起物の「ひいら木」の授与も行われた。参拝者の中には、千本近くに家があったという人は「子どものころの遊び場だったから、遠くに移ってしまい、やっぱり寂しいかな」と当時を懐かしんでいた。

  「ひいら木」の授与は2月末日まで行う。