立命・壹岐が女子短距離3冠、200で大会新 京都陸上インカレ京都・背割堤  桜満開 遊歩道や遊覧船にぎわう

2017年04月11日

本田真凜に府知事のオファー!京都新リンクで滑って / 浅田真央 さん 引退へ

本田真凜に府知事のオファー!京都新リンクで滑って / 浅田真央 さん 引退へ


フィギュアスケート女子の本田真凜(15=大阪・関大高)が10日、山田啓二京都府知事から突然の“オファー”を受けた。世界ジュニア選手権(3月、台北)2位の活躍により、京都府庁で「京都府スポーツ特別奨励賞」と「京都府スポーツ賞未来くん賞」の表彰式に出席。その後の歓談の場で「京都にも通年のリンクができる。ぜひオープニングで滑っていただきたい」と要望があった。

 府は18年度中の開場を目標に「京都アイスアリーナ(仮称)」を宇治市に建設予定。現在は府内に通年のリンクがなく、同知事は「(全日本選手権3連覇中の)宮原選手、本田選手、(世界ジュニア選手権5位の)白岩選手と京都出身の選手が活躍しているのに、リンクがなかった」と苦笑い。18年平昌五輪には完成が間に合わないが、22年北京五輪出場も視野に入る本田にとっても大きな関心事だ。

 知事のお願いを受け、本田も「今は1年間開いているリンクがなくて、大阪まで通っている。あと何年か後にできるので、うれしいし、楽しみ。滑ってみたいです」。地元における競技環境の整備を待ちわびた。
/////
浅田真央「終わりにします」 コーチらに報告後、ハグ


浅田真央選手を指導する佐藤信夫コーチは11日、横浜市内で取材に応じ、「来るべき時が来た」と心境を語った。佐藤コーチが指導の拠点としている新横浜スケートセンターで浅田選手と会ったのは10日。その際に「終わりにします」という引退の報告を受けたという。佐藤コーチは「悲しそうな様子もなく、明るい調子で話をしていました」。



 佐藤コーチは浅田選手との思い出を「どんな場合でもあきらめることをしなかった。そういう意味では、すごかった」と語り、「本人には一言、『お疲れ様』と伝えました。それ以外の言葉はないです」と話した。

 同コーチの妻の久美子コーチや、浅田選手が14歳の頃からサポートしてきた小林れい子コーチも10日、リンクで浅田選手を出迎えた。久美子コーチが「これからも滑っている姿が見たい」と声をかけると、浅田選手は「(自身が出演するアイスショーの)ザ・アイスがあるので、見に来てくださいね」と応じた。最後に「長い間ありがとうございました」とあいさつをし、その場にいた全員とハグをして別れたという。

/////
浅田真央選手 あす記者会見し 引退理由など説明へ

バンクーバーオリンピックで銀メダルを獲得するなど、フィギュアスケートの女子シングルで長く活躍し、10日夜、現役引退を表明した浅田真央選手が12日、都内で記者会見を開くことになりました。引退を決断した理由などについて、本人がどのように話すのか注目されます。
浅田選手は10日夜、みずからのブログで、「フィギュアスケート選手として終える決断をしました」と現役引退を表明しました。

1年間の休養から復帰して2年目の今シーズンは、左膝のけがの影響で、持ち味の3回転半ジャンプ、トリプルアクセルを跳べず、12月の全日本選手権では過去最低の12位に終わりました。

指導してきた佐藤信夫コーチによりますと、浅田選手はこの大会のあと、横浜市の練習拠点に来ておらず、10日、初めて引退の報告のために訪れたということです。

浅田真央選手は12日午前、東京・港区で記者会見を開くことになりました。現役を退く理由について、ブログの中では「自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました」と説明していましたが、会見で本人がどのように話すのか注目されます。
/////
浅田選手引退 アスリートたちがねぎらいのツイート


浅田真央選手の引退表明にスポーツ界からもねぎらう声がツイッター上で次々と寄せられています。
レスリングの吉田沙保里選手は「真央ちゃんが引退しちゃうのは寂しい。でも、ここまで本当に日の丸を背負って頑張ったよね!本当に本当にお疲れ様!」とつづっています。

元体操選手の田中理恵さんは「お疲れ様でした。真央ちゃんの演技大好きー!ずっと忘れないなぁ」とつぶやいています。
フィギュア界からは
元フィギュアスケート選手の村主章枝さんのツイッターには「真央ちゃんの引退。びっくりしたけど、本当によく頑張った。これからの新しい真央ちゃんに期待すると共に彼女が更に輝けるフィールドを提供できるように私も頑張りたい!」とつづられています。

2010年のバンクーバーオリンピックにともに出場し、今はプロフィギュアスケーターの織田信成さんは自身のツイッターで「真央ちゃん本当にありがとう。お疲れ様でした。これからもずっと真央ちゃんのスケートが大好きです」とコメントしています。

浅田選手とともに2010年のバンクーバーオリンピックに出場した安藤美姫さん(29)は、「本当に長い間お疲れ様でした。きっといっぱい悩んで出した答え。たくさんのファンの方々や支えて下さっていた人の思いも考えただろうなと思います。でも、まおの出した答えはみんなが受け止めてずっとずっと支えていくと思います。まおと同じ時代にスケートができて選手として同じリンクで日本代表として滑っていられたことを誇りに思います。これで終わりじゃなく第2のスケート人生の始まり。これからも世界中に愛と優しさを届けてね。本当にお疲れさま。そしてありがとう。また一緒に滑ろうね。大好きだよ」とインスタグラムにコメントを出しました。

浅田選手とともに去年12月の全日本選手権に出場し2位だった16歳の樋口新葉選手は、「試合の独特の雰囲気の中で、何度も何度も失敗や成功を繰り返して見ている人に感動を与えてくれる演技。人柄。本当に尊敬です。小さいころから一ファンとしてテレビで見ていたあの演技。絶対忘れません。ありがとうございました」とツイッターでコメントしました。



/////

浅田真央引退

進退に「ハーフ、ハーフぐらい」 主な語録

浅田真央さん語録(<数字>は年齢)
自分でもびっくり。すごいうれしい(2004年11月<14歳>公式試合初のトリプルアクセルを決め、全日本ジュニア選手権初優勝)

五輪に出たい気持ちは少しあるけれど、バンクーバー五輪に出られたらいい(05年12月<15歳>グランプリファイナルで優勝したが年齢制限で06年トリノ五輪に出場できず)

4分間だったんですけど、すごくいろいろ考えたりして長かった(10年2月<19歳>バンクーバー五輪で金妍児=キム・ヨナ=に敗れて銀メダル)

(母も)喜んでいると思います(11年12月<21歳>母匡子さん=享年48=死去直後の全日本選手権で優勝)

(SP直後とは)天と地の差。バンクーバー五輪の自分の演技へのリベンジができた(14年2月<23歳>ソチ五輪、SP16位からフリーで巻き返し6位入賞)

(進退について)ハーフ、ハーフぐらい(同月<23歳>ソチ五輪帰国会見にて)

4年間やってきたことがようやく花開いた。スケートっていいな、と改めて思った(同3月<23歳>世界選手権で完璧な演技で4年ぶり優勝)

//////
浅田選手の引退 先輩や後輩からも相次ぎ感謝などの声


浅田真央選手が現役引退を表明したことについて、姉の浅田舞さんや、トリノオリンピックのフィギュアスケート女子シングルで金メダルを獲得した荒川静香さんをはじめ、後輩の選手からも、感謝と引退を惜しむ声などが寄せられています。
姉の舞さん「お疲れさまとありがとう」
浅田真央選手の姉で、元フィギュアスケート選手の浅田舞さんは「お疲れさまと、ありがとうという気持ち」と、目に涙を浮かべながら話しました。

舞さんは引退を表明した2歳年下の妹の真央選手について、「これまで21年間、多くの方に支えられてスケート人生を歩めたと思うので、家族として感謝の思いでいっぱいです」と、まずは姉として、妹を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちを述べました。

舞さんは、引退を表明した10日も真央選手に会ったということで、「ついに、この日が来たんだなという気持ちでいっぱいでした」と、当時の心境を振り返りました。

最も印象に残っている演技としては、2014年ソチオリンピックのフリーで見せた会心の演技を挙げ、「本当に、妹からはどんなときでも学ばせてもらうことばかりで、感謝の思いでいっぱいです」と話していました。

また、今後について、「これからいろんなことを話しながら、姉妹の時間を大切にしていきたい。姉妹でゆっくりお酒を飲んでみたいし、ずっと寒いところにいたので、暖かい国に2人で旅行にいってみたい」と話していました。

そして、真央選手に贈りたい言葉を聞かれ、舞さんは「『本当にお疲れさま』という言葉と『ありがとう』という気持ちです。これからも姉妹で助け合って成長し合っていければ」と目に涙を浮かべながら話していました。
荒川さん「寂しい気持ち」
トリノオリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、金メダルを獲得した荒川静香さんは「ここ数年、進退について、ずっと考えながら滑っていたと思うし、すごく葛藤があったのではないか。本人が競技に対して、やりきったという気持ちがあるのなら、それがいちばんだが、あれだけ華のある選手なので引退ということになると寂しい気持ちになる」と話しました。

競技者としての浅田選手については「伊藤みどりさん以降、いろいろな人が挑戦してきたトリプルアクセルを、今の時代に武器として戦っていく選手が誕生したことによって、そのあとに続く多くの選手に影響を与えた。また、スケーティング技術や、軽やかなステップも、あれだけ巧みに使える人は思い浮かばない。自分のスタイルに信念を持って戦って、世界に大きなインパクトを与えたと思う」と評価しました。

そのうえで、「日本でもフィギュアスケートのファンを増やした功労者であり、フィギュアスケート界に、いちばん大きな影響を与えたスケーターではないか」と影響力の大きさについて話しました。

さらに人柄については、「何度失敗しても、向かっていく強さがある一方、一度話し出すと、すごくチャーミングで天然なところもあり、子どもから大人まで同じ目線で話していた。そういうところが多くの人に愛された理由だと思う」と話していました。
高橋大輔さん「本当にお疲れさま」
オリンピックで3大会連続の入賞を果たし、浅田選手とともに出場したバンクーバー大会で銅メダルを獲得した、元フィギュアスケート選手の高橋大輔さんは、「競技からは離れることになりましたが、僕は浅田真央のスケートが大好きですし、ここからが新しいスタート。今まで以上に大変なこともあるかもしれませんが、今後の活躍を陰ながら見守っていきたいと思います。今は、まだ先のことは考えられないと思いますが、まずはゆっくり休んでもらいたいなと思います。長い間、現役生活、本当にお疲れさまでした。そして、たくさんの感動をありがとう」とコメントを出しました。
羽生結弦選手「ずっと私の憧れ」
ソチオリンピック、フィギュアスケート男子シングル金メダルの羽生結弦選手は「トリプルアクセルも、複雑なステップも、伸びやかなスケーティングも、浅田選手にしかできない演技をどんな状況でも、どんなときでも挑戦する姿を見てこられて幸せでした。フィギュアスケートが大好きな浅田選手のスケートが大好きです。これからもずっと私の憧れの人です。たくさんの夢をありがとうございました。また会えることを楽しみにしています。本当に、お疲れ様でした」とコメントを出しました。
宇野昌磨選手「浅田選手がいたから今の自分が」
ことしの世界選手権男子シングルで2位となった宇野昌磨選手は「5歳のころ、浅田選手にスケート場で声を掛けてもらって、フィギュアスケートを始めた。浅田選手がいたから、今の自分がある。努力しなければ、トップにはなれないということを浅田選手から学んだ」と話していました。
村上佳菜子選手「感謝とお疲れさま」
子どものころから一緒に練習していたという村上佳菜子選手は、「全日本選手権のあとも会う機会はあったが、引退の話は出なかったので、きのう知って驚いた。感謝と、お疲れさまという気持ちでいっぱいです」と話しました。

そして、「真央ちゃんの背中を見て、追いかけるようにしてやってきた。一緒に出場したソチオリンピックが、いちばんの思い出です」と振り返りました。
本田真凛選手「すごく寂しい」
昨シーズンの世界ジュニア選手権女子シングルで優勝した15歳の本田真凜選手は「かっこよくて、強くて、本当に憧れの選手で、世界のスケート界を引っ張っていたので、もう試合に出ないというのは、すごく寂しい」と話しました。

小さい時から、浅田選手に憧れていたという本田選手は「7歳の時に全日本選手権の浅田選手の演技を見て、いつか同じグループで滑りたいという夢を持っていた。去年の全日本選手権で、その夢がかなってうれしかった」と笑顔で振り返りました。

そして、「私たちが小さい時から、ずっと浅田選手に憧れていたように、私も少しでも憧れを持ってもらえる選手になりたい」と今後の活躍を誓いました。
//////





kyoto00glo at 06:08│Comments(0)

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
立命・壹岐が女子短距離3冠、200で大会新 京都陸上インカレ京都・背割堤  桜満開 遊歩道や遊覧船にぎわう